境界性人格障害

境界性人格障害(Borderline Personality Disorder:以下BPD)は、人格障害に分類されているが、その定義や位置づけはいまだ定まっていない。Kernberg,O.は、境界性人格構造(Borderline Personality Organization:以下BPO)の中核的な防衛メカニズムを分裂であると主張した。内面にある対象像や自己像を統合することが難しく、良いところも悪いところも併せ持つ他者や自己を受け入れることができないのである。要求を全てかなえてくれる他者がいるという「good」と、要求を全て否定する他者がいるという「bad」が内的世界で統合できないまま分離してしまう。これが外的世界に投影され、他者に対して極端な理想化とこき下ろしに至るのである。
 BPDは、衝動的で感情の起伏が激しく、他人や自己に暴力的になることも多いために対人関係が不安定になりがちであるという特徴が挙げられる。また孤独には非常に弱く、「見捨てられ感」にしばしば捉われる。見捨てられ感の原因は主に2歳前後の幼児体験が原因と指摘されており、アメリカでは幼児期の虐待が主要因と考えられている。日本においては、子離れできない親の過保護が子どもの正常な自立を妨げ、分離不安を克服できないまま成長してしまうことが大きな要因と考えられている。(町沢,1999)
 これまでに多くの研究者がBPDに対してロールシャッハ・テストを用いてきたが、箱庭の作品においてBPDの特徴が現れるかどうかを、都内の私立大学にて臨床心理学の講義を受講している学生を対象として比較した。
 はじめにBSI(Borderline Syndrome Index)日本版を用いて調査票を作成した。意味を持たない20項目を加え、逆転させても意味が変化しない9項目を逆転させ、全70問で成り立つ質問紙(以下BSI自由研究版)を臨床心理学の講義中に配布し、心理学研究室内に回収ボックスを設置して1週間後に114名(男性50名、女性63名、不明1名)のBSI自由研究版を回収した。採点方法は、意味を持たない20項目を無視して「はい」の数(逆転させた項目は「いいえ」の数)を得点とする。得点が高かった人をBPDの傾向がある群(高群)、低かった人をない群(低群)とした。BSI日本版の採点基準は、0〜15点が正常、16〜27点がボーダーラインの傾向、28〜50点がボーダーライン圏である。集計の結果、最大値は42点、最小値は2点であり、平均値は12.6点であった。全体で、正常が78%、ボーダーライン傾向が14%、ボーダーライン圏が8%であった。
 次に、BSI自由研究版の得点からの高群3名(男性2名、女性1名)と低群3名(男性2名、女性1名)の計6名を被験者として、箱庭を制作してもらった。制限時間を設けず、おもちゃを用いて箱の中に好きなものを作ってもらい、制作が終了した後に2〜3枚ずつ写真を撮った。
 この作品の印象を、制作者とは別の人に質問紙にて答えてもらった。岡田(1984)が使用した尺度を用いて7段階で評価してもらい、「どちらでもない」を4として、左右に行くほど各尺度の度合いが高くなるように作成した。この質問紙と箱庭作品の写真を知人である22名(男性11名、女性11名)に回収期間を問わずに配布し、後日全員分の質問紙を回収した。
 これらの質問紙を尺度ごとにt検定を行った結果、「雑然とした―まとまった」、「女性的―男性的」、「浅い―深い」、「閉鎖的―開放的」、「小さい―大きい」、「さびしい―にぎやかな」の6尺度は1%水準で有意差が見られ、「静的―動的」、「消極的―積極的」の2尺度は5%水準で有意差が見られた。これらの8尺度のうち、「雑然とした―まとまった」の尺度以外の平均値は、いずれも高群の方が低かった。平均値は数値が低ければ対になった形容詞の左側の印象が強く、高ければ右側の印象が強いことを表す。よって、高群の作品は低群と比べて、まとまっていて、女性的で、浅く、静的で、閉鎖的で、小さく、消極的で、さびしい印象の作品であったといえる。
 また、各尺度を岡田(1984)が使用した次元(第T次元が統合性次元、第U次元が充実性次元、第V次元が力量性次元、第W次元が柔軟性次元)に分け、次元ごとにt検定を行った。その結果、第U次元の充実性次元と第V次元の力量性次元が1%水準で有意差が見られ、いずれも高群の方が平均値は低かった。よって、高群の作品は低群と比べて、充実性と力量性に欠けていると言える。
 尺度と次元で重複して有意差が出た尺度が「さびしい―にぎやかな」、「女性的―男性的」、「浅い―深い」、「小さい―大きい」の4尺度であり、高群の作品は低群の作品よりも、特に、さびしく、女性的で、浅く、小さい印象を受けた作品であることがわかる。
 BPDの特徴が箱庭作品に影響しているかどうかを考えると、有意差が見られた「閉鎖的」で「消極的」な印象はBPDに見られる社会の不適応が背景にあるからかもしれない。しかし、BPDの特徴である分裂に関しては、結果から高群の作品が低群よりも「まとまった」印象を持つ作品であることがわかり、箱庭作品には影響しなかったようだ。
 今回の実験は自由研究のため被験者を大学生とし、正確にBPDと判断された人ではなく、BPDの傾向がある人とない人の作品比較であった。また多くのデータを収集できたわけではないので、個人差という言葉で片付けることができるかもしれない。箱庭制作においては、低群に経験者が多く、高群に未経験者が多かったという点において差があったことも否定できない。

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