境界性人格障害
「5.境界例治療の副産物
境界例患者とのつきあいには、心地よい瞬間は、まったくといってよいほどない。苦い味わいは、多種多様にある。
しかも、確たる実りが得られることはまれである。治療の多くは、尻切れトンボに終わる。治療者としての技術の向上
といえば、せいぜい、はなばなしい現象の起こらない『沈香も焚かず、屁もひらず』といった状況を、長期間維持する
技術が身につくにすぎない。新しい認識や、新しい考えが芽をふくことがあっても、理論とよべるほどに育つことはない。
無理に育てると奇形児となる。試みに境界例に関する諸理論を概観してみると、そこに、つねに、『苦しまぎれ』の匂い
が漂っているのを見いだすことができる。そうした事情を、次のように要約することができそうである。『境界例の治療に
従事すると、自分の内部に、不安定と破壊とがもたらされる』と。これが境界例治療の副産物である。
夏ミカンの皮をみる立場の治療者も、内部構造に目を向ける立場をとる治療者も、等しく破壊的影響を受ける。それ
どころか、皮をみるとか、内部をみるとかいうその立場さえも、破壊されかねない。しかし、破壊がさらに進み、破壊され
ることは、有害で不快なことであり、避けるべき体験であるという価値観までも破壊されると、破壊されるということと新し
いものを得るということとは、同じ事象の両面であるというような考えが芽ばえたりする。そして、境界例患者との苦い味
わいが、キラキラ輝く充実した体験のように感じられてきたりする。しかも、そうした充実感を現実と感じつつ、同時に、
幻想が現実より価値が低いとはいえまい、と呟いたりするようになってくる。境界例患者に、何か役だつ他者として機能
しようと願いながら、つきあいを続けてゆく人には、必ずそうした変化が生じてくると、筆者は感じている。そして、その変
化は、何か、豊かな方向への変化である。少なくとも、捨てがたい点があると感じている。おそらく、人の精神の問題に
かかわる職業を選択した人々の、その選択の基盤にある動因と関連させたとき、捨てがたい価値あるいは富を生じて
くるであろう。どうも、そんな感じがする。」
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